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浄土真宗東本願寺と西本願寺の違いについて 教義からお仏壇お経なども

公開日: : 最終更新日:2018/04/12 東本願寺, 西本願寺, 雑学 , ,

浄土真宗 東本願寺と西本願寺の違いについて

浄土真宗に東本願寺と西本願寺があるのは有名ですが何が違うのでしょうか?
※正式な宗派名は東本願寺は真宗大谷派、西本願寺は浄土真宗本願寺派です。

教義は東西本願寺とも同じです。
それもそのはず宗祖はどちらも親鸞聖人だからです。

浄土真宗東西本願寺歴代門主
十二代目から東西本願寺に分かれます。
東西本願寺歴代門主十二代目から現代
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東西本願寺分裂の歴史

本願寺が東西に分かれた背景には本願寺勢力に織田信長が手を焼いたことを踏まえ、徳川家康の政治的思惑があったといわれています。

戦国時代、天下統一を目指す織田信長の勢力と本願寺の勢力は敵対しており、元亀元年(1570年)武力衝突が起こります(石山合戦)。この戦いは10年にも及びますが、天正8年(1580年)11代目の門主 顕如はついに和睦に応じ、自身は引退して和歌山の鷺森に移ります。

しかし長男の教如は徹底抗戦を主張したため、顕如は教如を義絶せざるを得なくなります。顕如は天正19年(1591年)に豊臣秀吉から七条堀川に寺地の寄進を受け、御影堂と阿弥陀堂が建設されます。ここがのちの(現在の)西本願寺となります。

教如は織田信長の死後に義絶を解かれ文禄元年(1592年)顕如の往生にともない本願寺を継承しますが、石山合戦で顕如に賛同した穏健派を遠ざけ自分に賛同した強硬派を重用したため本願寺内部に対立が起こります。

門主を継承した教如でしたが、教如の母・如春尼が顕如から教如の弟の准如に宛てた「留守職譲嬢」(るすしきゆずりじょう)があるという訴えをきっかけに秀吉に呼び出されます。その際「十年間門主をつとめた後は弟の准如に門主を継承させる」という取り決めを教如は承諾しますが、それに納得のいかない部下たちの意義申し立てが秀吉の怒りを買い、即刻の隠退を言い渡されてしまいます。

教如は形の上では隠退しますが、依然本願寺内部では力を持っており、全国の門徒に宛てた消息(手紙)で教化をしたり、御本尊を門徒に与えたりし布教活動を続けます。教如は関ヶ原の戦いで徳川家康側に協力するなど接近し慶長7年(1602年)七条烏丸に寺地の寄進を受けここに現在の真宗本廟が成立します。

これにより2つの本願寺が文立することとなり、立地の関係から准如の本願寺を西本願寺教如の本願寺を東本願寺という通称で呼ばれるようになりました。※現在京都駅に近い方が東本願寺です。
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なるほど!

東本願寺の方がお兄さんなわけですね。しかし西本願寺の方が正式に法灯を継承したようなニュアンスもあります。もちろん現在どちらがエライとかそういうのはありません。

ちなみに元は親鸞聖人からはじまり教義は同じですが、私達が日常的に目にする仏具や細かい決まりが少々異なります。中にはお互いを意識してるのでは?というようなものも(笑)
お仏壇の違いはかなり細かいのでこちらでご説明します。

その他の細かい違いの比較

正信偈の音程が違う

これが一番法事の際に困る部分ではないでしょうか?

音程もさることながらいきなり南無不可思議光の読み方が違います。

報恩講の時期

報恩講とは親鸞聖人の命日にその遺徳を讃えて勤められる法要(早い話が法事)です。親鸞が往生した日は、弘長2年(1262年)11月28日ですが(新暦でいう1263年1月16日)それぞれ法要が営まれる日が異なります。
西本願寺は新暦に換算した 1月9日~16日まで
東本願寺は旧暦の日付のまま 11月21日~28日まで

阿弥陀堂と御影堂の位置が逆

どちらもお堂が東向きに並んで建っていますが、親鸞聖人の木造を安置する御影堂とご本尊の阿弥陀如来を庵視する阿弥陀堂の配置が逆になっています
西:向かって左が阿弥陀堂、右が御影堂 東:向かって左が御影堂、右が阿弥陀堂
※ちなみに堂内の畳は西が横に敷くのに対し東は縦に敷いてあります。

御文章と御文

どちらの八代目門主の蓮如上人から門徒に当てての手紙ですが、西と東で呼び方が違います。
西:御文章 東:御文 内容は同じです

寺宝

西:観経・弥陀経集註(国宝)、親鸞聖人像(鏡の御影、国宝)恵心尼文書(重文)
東:親鸞直筆の教行信証(坂東本、国宝)、覚如の親鸞伝絵(重文)

西本願寺は御影堂、阿弥陀堂、飛雲閣、書院、唐門など建造物も国宝指定されているものも多いですが、東本願寺派江戸時代に4度も火災に見舞われているためお堂は国宝指定はされていません。

違いというか細かいデータ

お寺の数や門徒の数

文化庁編『宗教年鑑』(平成19年版)によると以下のとおりです。
(少し古いですが、基本的にはあまり変わらないと思います。)

寺院数
浄土真宗本願寺派 10,275軒
真宗大谷派 8,607軒

檀家数
浄土真宗本願寺派 6,940,967人
真宗大谷派 5,333,146人

はじまりは東西本願寺ともに親鸞聖人のお念仏の教えとなっております。また現在では真宗十派連合などで浄土真宗の御教えの教化に協力関係にあるようです。参考になれば幸いです。
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